AIが宿ごとに「クチコミ診断書」 熱海の42施設が99の宿泊プランを造成、需要平準化に向け地域戦略を宿の商品へ


地域の方針を、一軒一軒の宿の商品へ
株式会社リクルートで観光に関する調査・研究と地域振興を担う『じゃらんリサーチセンター』(JRC)は、一般財団法人 熱海観光局と連携し、宿泊施設の商品づくりを支援する取り組みを行った。目的は、静岡県熱海市が観光戦略に掲げる「需要の平準化」である。この取り組みの特徴は、地域全体の方針を個々の宿の商品にまで落とし込んだ点にある。JRCは「じゃらんnet」のクチコミデータをAIで分析し、宿ごとの強みや改善余地、ターゲットに合うプラン案や告知文案を「AIクチコミ診断書」としてまとめた。

週末・連休に偏る宿泊需要をどうならすか
熱海市は温泉や海、豊かな自然景観に恵まれ、年間約350万人が宿泊する国内有数の観光地だ。一方で、宿泊需要は週末や連休に集中しやすい。時期や曜日による繁閑の差をいかに小さくするかが課題となっている。「熱海市観光基本計画2026–2030」では、需要の平準化を重要目標達成指標(KGI)に位置付けている。時期ごとに来訪・宿泊している層と少ない層を分析し、強化する時期とターゲットを定めた。今回は、夏から秋へ需要をつなぐ9月の平日を重点時期とし、大学生を含む20〜30代を主なターゲットに設定した。
ただし、地域として方針を定めても、それが宿の商品や販売に反映されなければ需要は動かない。客層や強み、運営体制は宿ごとに異なる。そのなかで、地域の方針と各宿の個性をどう両立させるかが問われていた。そこでJRCと熱海観光局は、AIによるクチコミ分析を起点に、地域の戦略を宿ごとの具体的な打ち手へ落とし込む進め方を設計した。
「AIクチコミ診断書」が地域と宿をつなぐ仕組み
取り組みは、次の流れで進められた。
- AIによるクチコミ分析
- 「AIクチコミ診断書」の作成
- 宿泊施設向け勉強会
- 宿泊プランの造成と宿連携プロモーション
役割分担は、熱海観光局が重点時期とターゲットを示し、JRCがクチコミの分析と診断書の作成を担い、各宿がそれを自館の商品に落とし込むというものだ。AIは分析と診断書づくりに活用し、どのプランを売り出すかは各宿が判断している。地域の方針という共通の土台の上で、各宿が自館らしい答えを出せるようにした点が、この進め方の要点である。
分析では、既存の「じゃらんnet」のクチコミデータを整備したうえで、3つの軸を掛け合わせて分解した。1つ目は朝食・風呂・接客などの「テーマ」、2つ目は年代・利用シーンなどの「属性」、3つ目は月・季節などの「時期」である。まず地域全体の強みと改善余地を把握し、同じ切り口で個別の宿を分析した。これにより、地域全体や同じ宿種別との比較から各宿の特徴が見えるようにしている。AIは、強みや改善余地の整理や、ターゲットに合わせたプラン・訴求案の具体化にも使われた。宿ごとの診断書には、自館の強みと改善余地に加え、次の項目まで記載されている。プラン名、対象、販売時期、食事条件、特典、掲載に使う写真の方向性、掲載文・告知文のイメージだ。受け取ったその日から商品づくりの検討に入れる内容としている。
2026年6月2日(火)には、宿泊施設向けに「閑散期をチャンスに変える 熱海エリア宿泊戦略セミナー」が開かれた。最初に熱海観光局が重点時期とターゲットの方針を、JRCが地域全体のクチコミ傾向を説明した。続いて参加者は、自館の強みと打ち手の仮説を考えるワークに取り組んだ。そのうえで封筒に入った自館の診断書を開き、AIの分析結果と自らの仮説を照らし合わせた。診断書の提案は、仮説を広げるための材料という位置付けである。どの提案を取り入れるかは、各宿が自館のサービスや運営条件を踏まえて判断する。地域の方針は共有しながらも全施設に同じ内容は求めず、宿ごとの個性を生かすことを重視した。
42施設・99プランの成果と関係者の声
勉強会後、各宿は共通企画「まだ終わらない夏」の下で宿泊プランを造成した。企画には42施設が参画し、計99の宿泊プランが販売された。熱海観光局は宿と連携し、特設ページ(LP)、宿泊クーポン、縦型ショートドラマ動画を組み合わせて、ターゲットに向けたプロモーションを展開した。対象期間は2026年8月25日(火)〜9月18日(金)チェックインである。この期間の対象プランの予約では、79.4%が重点時期とした平日(月〜金曜日)の宿泊だった。予約者の43.9%は、主なターゲットである20〜30代が占めた。年代別にみると、学生を含む20〜24歳が5歳刻みで最も多い層となった。取扱額は1,900万円を超えている(キャンセルを除く。年代は予約者の年代)。地域で定めた時期とターゲットに沿ったプランが実際にその層に選ばれたことを、取り組み側は需要の平準化に向けた手応えと捉えている。
同じ期間について、対象プランを含む熱海市内の「じゃらんnet」宿泊予約全体もみてみる。月〜金曜日の予約は前年同曜日比12.0%増えた。予約全体に占める平日の割合も、前年の69.6%から71.9%へ2.3ポイント上昇している。
じゃらんリサーチセンター研究員の松本百加里氏は、地域の戦略を「宿が実際に売り出せる形」にまで落とし込むことを最も大切にしたと語る。地域で目標を共有できても、各宿のプランや発信に置き換える段階で止まってしまうことは少なくないという。そこで、AIで地域全体と個別の宿を同じ物差しで分析し、自館の強みを地域の中で捉えられるようにした。同氏は、最終的に何を売るかを決めるのは宿であり、AIの提案を出発点に各宿が自館らしいプランを形にしたことが42施設・99プランという広がりにつながったと感じているとした。そのうえで、今後は同じ課題を抱えるほかの地域でも生かせる進め方として磨いていきたいと述べている。
熱海観光局CEOの上田和佳氏は、宿泊需要の平準化を実現するには、宿泊動向や課題を把握することが重要だとする。そのうえで、観光局の戦略を宿泊事業者と共有しながら、地域一体となって取り組む必要があると考えている。今回のセミナーについては、閑散期とターゲットを明確にした上で、クチコミデータやAIを活用し、各施設の強みを生かした宿泊プランづくりに地域共通のテーマの下で取り組めたと振り返った。今後も成果を地域全体で共有・検証しながら、各施設の商品づくりや販売促進を継続的に支援し、宿泊需要の平準化につなげていくとしている。
出典:株式会社リクルート










